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ェコからオーストリアへの列車は、結構な混雑でした。日曜日の夜の便だったので、帰省や休暇帰りの人が多かったのでしょう。なんとか見つけた席に荷物を置き、とりあえず食堂車に行って、軽く夕食をとりました。戻ってくると、途中の乗換駅でたくさん人が下りたようで、車両はだいぶ空いていました。もっと足が伸ばせる4人掛けの座席が空いているのを見つけたので、そこに移ろうかな、でも、一度荷棚にあげた荷物をまた移動させるのも面倒だな、と思ってキョロキョロしていると、その席の後ろに座っていた人が、自分の席を譲ろうとしてくれました。私が彼の座っている席に座りたがっていると思わせてしまったのかもしれません。茶色いくせ毛をした若い男の人でした。私は「大丈夫、ありがとう」と言って、結局、その空いていた4人席に移ってくることにしました。
静かになった車内と、加速する列車の単調な揺れのおかげで、私はやっと少し落ち着いた気分になりました。1年で1番日の長い時期でしたが、夜9時過ぎの空は気づけばもうすっかり暗くなっていました。なんで日本語だったんだろう、としばらくして思いました。席を譲ろうとしてくれた人に、私、日本語で「大丈夫、ありがとう」と言ったんです。まだチェコだったので、ドイツ語も英語も違う気がした。チェコ語はしゃべれないし。私、現地の人が現地語で話してくれるの、結構好きなんです。今回チェコにいたときも、そういうことがよくありました。交差点で、「鞄のファスナー開いてますよ」と若い女の人がチェコ語で教えてくれた。そういう時、始めは何を言っているかさっぱりなんですが、大体身振り手振りですぐ分かります。意味が分からなくても、現地語が一番優しい感じがする。だから、私もその人にできるだけ優しくなろうとしたのかもしれない。でも、日本語で話したら相手には一番通じないんですけどね。
列車は定刻から少し遅れてウィーンの中央駅につき、私は足早に地下鉄に乗り換えました。夜10時過ぎでしたが、座れないぐらいの込み具合でした。ぼーっと立ちながら、前に座っている人を見るでもなく見ていると、その人がさっきの席を譲ろうとしてくれた男の人だということに気づきました。背の高い人でした。私は3駅乗って、Stephansplatzで乗り換えました。乗り換えたU3のホームで電車を待っていると、同じホームの遠くの方に、その男の人がいるのが見えました。あら、でもそういうこともあるよね、と思いました。私は来た電車に乗り、最寄りの地下鉄駅でおりて、トラムに乗り換え、自宅の近くの駅で降りました。そうしたらね、いたんですよ、彼。席を譲ろうとしてくれたその人、同じトラム駅までずっと一緒だったんです。彼は私の5メートルほど前を歩いていて、私たちの間には他にもたくさん人がいました。彼は交差点で右に曲がり、私は左に曲がって、家に帰りました。
後をつけられている感じではなかったので、怖いとは思いませんでした。向こうは私に気付いていたでしょうか。控えめそうな人でした。彼はチェコの人なのかな。列車はポーランド発だったから、ポーランドの人かもしれない。そうだとしたら、彼も異国でがんばっているんだな。私は勝手に想像して、私もがんばるよ、と心の中で彼に言いました。
インタビュー・文:OKUJI Yukiya