よ
うこそ、プラーターへ!そうだ、ちょっとコーヒー買っていっていい?ここのマクドナルド、少し前までは毎日来てた。5、6年間通い詰めてたの。平日は出勤前に寄って、週末の朝も欠かさず来てた。朝8時のプラーターのマクドナルドなんて、まあ、いろんな人がいるよね。大体いつも同じ顔ぶれ。常連さんのなかにひとり、80歳のお爺さんがいたんだけど、いつの間にか仲良くなって、あそこの席で毎朝おしゃべりしてた。でも、その人、途中からたぶん私に本気になっちゃったんだよね。なんとか上手く距離を置こうとしてたんだけど、そこにコロナが来たわけ。今はもう85歳ぐらいだと思う。年も年だし、元気にしてるか気になって一回電話して、それっきり。タイ出身の華僑で、音楽でウィーンに来て、今は旅行会社を経営してるって言ってた。脚が悪くて、杖をつきながらゆっくり歩く人だった。すごくゆっくり。
――お待たせ、さあ行きましょう!この高架下は、昔トラムが走ってた。あっちからこっちに、こうやって。このお花屋さんは昔、あの銅像の横にあったんだけど、再開発のときにこの高架下に移ってきたの。銅像の横にあったときはね、アイスとか果物とか野菜とかも売ってた。ちょっとしたキオスクみたいな感じね。今も昔もおじさんが一人で切り盛りしてるんだけど、移転する時に店名を変えたの、レオニータっていうのはお嬢さんの名前よ。あの中華料理屋さんはいいところ。中国人のご兄弟と奥さんでやってらっしゃってね。この薄汚い建物はクラブ。ほんと、ひっどい見た目!このお店も昔は駅のなかにあったんだけど、再開発でここに移転してきた。今は改装中で休業してる。昔は私もよくここでビールを飲んだりしたわ。テラス席に座ってプラーターを行きかう人達を見るのが好きだった。ホームレスの人、アル中の人、ヤク中の人……あの人たちって、もう、完全にあっち側にいっちゃった感じなのよね。同じ世界の住人じゃないっていうか。十何年か前に再開発があって、駅構内はアルコール禁止になった。それで、彼らは一掃された。でも、そんなのっておかしいと思わない?あの人たちも、私たちと一緒、同じ社会の一員なのに。ここに来るとき、駅のホール通ったでしょ?今は明るくて小ぎれいだけど、それまではあそこ、すごく薄暗くて、がらんとしていて、ATMが一個ポツンと立ってるだけだった。プラーター駅ってのは、ウィーンで一番ヤバい場所だったわけ。
(続)
インタビュー・文:OKUJI Yukiya