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プラーターⅤ―Pascale, 1993-2021, Wien

、ちょっと、お花を摘んでいってもいい?私、ちょっとした畑を持っててね、ここの公民館のお庭に小さい木箱を借りて、好きなものを植えたりしてるの。市民農園ってやつね。ほら、これが私の箱!コスモスが伸び放題になってるわね……これをちょっとお家に持って帰りましょう。あ、このナイフ、びっくりした?ビクトリアノックス。日本人がハンカチを持つように、スイス人はナイフを持つのよ。トマトも植えてる。夏はすごい勢いで採れたわ。ここを借りるのはもう2年目かな。来年からはスペースが減るから、抽選になるんだって。ちゃんと当たるといいけど……。お隣のこの人が植えてるのは唐辛子。去年、夜のうちに全部泥棒に盗られちゃったのよ!ひどいことをする人もいるもんね。


さあ、我が家までもう少し!───今のバー、見た?観光客はシュテファン大聖堂とか国立歌劇場とかを見て「ああウィーンだなあ」って思うかもしれないけど、私からしてみれば、あれこそがウィーンよ。薄暗いカフェの軒先で赤ら顔の爺さん婆さんが昼間からビールを飲んでる───あら、ドラガンさん!こんにちは!何してるの?───あの人、ご近所の人。セルビア出身みたいね。いつもワインとかチョコレートをみんなに配ってくれるの。いい人だけど、ほら私、前に人間関係でいろいろ失敗したから、適度に距離を置こうとしてる。オーストリアでは結構それが難しいのよね。でも、近所付き合いが嫌いっていうわけじゃない。こっちって冷房がないでしょ。だから夏は、風を通すために、みんな家の窓と玄関のドアを開けるの。お互い気心知れた仲だから、全然気にしない。うちのエマちゃんも、ひんやりしたアパートの廊下に出て涼んだりして。誰かがアパートの前の通りでおしゃべりしてたりすると、みんながそれを聞きつけて、誰からともなく集まって、パーティーが始まったりする。そういうのって、素敵よね。


いまの家はね、5年前ぐらいに買ったの。前のオーナーは昔カヌーのオリンピック選手だったとか言ってた。エマを飼い始めたのはもっと前。シェルターから引き取ってね。大丈夫、猫なのに全然人見知りしないから。そういえば昨日、うちの住所にウィーンの美術館からニュースレターみたいなのが届いてたんだけど、宛名が日本の名前だったの!昔、日本の人が住んでたのね、もしかしたら私の将来の夫かもしれないわよ、なんてね───ほら、やっと着いた!ようこそ我が家へ!



インタビュー・文:OKUJI Yukiya