ど
うぞどうぞ、上がって!玄関入るとここがすぐキッチンね。換気扇はないけど、こうやって、廊下に面した窓を開ければ風が通るよ。ああそれ、その鍋はファルノスがイランから持ってきたやつ。俺はそれ信用してない。料理に使ったらなんか悪い物質が出てきそうじゃない?だからほら、ニンニク入れにしてる。ここがトイレ。トイレは君たちが引っ越してくる前に新しくするつもりだよ。それで、こっちがリビング。天井が高いでしょ?4メートルぐらいある。設備は古いけど、アルトバウに住むのも悪くないよ、せっかくウィーンにいるんだしね。これはアンティークの棚で───今の、聞こえた?ほら、前話した、上の階の子たちが帰ってきたんだ!
で、なんだっけ?ああそうだ、あそこに金ぴかの派手な時計あるでしょ、あれ、うちの祖父から譲り受けたやつなんだけど、もとはこの棚の上に置いてて、一回不注意で落としちゃったんだ。それでここがちょっと傷ついちゃった。この絨毯はたぶんロンドンに持っていく。あのシルクの絨毯もかな。あれはうちの両親からのプレゼントなんだ。───今のだよ!ドスンっていうやつ。幼稚園ぐらいの子が二人いるんだ。いま6時か。やつら、今日も遊び始めたぞ!
何の話をしてたっけ、そうそう、このソファはこんな感じでベッドになる。その鏡はムラーノグラス。このサイドテーブルとライトもイタリアで買ったんだ。それはイケアだけどね。インテリアは大体ファルノスの担当だよ、アーティストでもあるからね、センスがいい───ほら、まただ!こんなのはまだいい方だ。大家の自分が言うのもなんだけど、ここは良い家だよ、でも、唯一の欠点は上の階に住んでる子たちだ。床が木だからね、足音が下によく響くんだ。ほんとにもう、地震みたいなんだよ!
それでなんだっけ、そうだ、ここが寝室。マットレスは奮発していいやつを買った。ドアの裏にも本棚がちょっとある。この棚も世紀末ウィーン風のアンティークで───いや、これでも相当改善されたんだ。俺がミスター・チャンに苦情を言ったんだ、お宅にお住まいのご家族がうるさくて困ってます、大家さんとして注意してもらえませんかってね。そりゃ子どもなんだから元気に遊ぶのはしょうがないよ、俺だってそれぐらいは分かってる。でも、少なくとも家具の上からは飛び降りないでくれって言ったんだ!
まあまあ座って。あ、またお土産持って来てくれたの?全然気にしなくていいのに。あっ、煎餅じゃないか!ありがとう───やつら走り回ってるな、ひどい時はこうやって───リビングと玄関の間をかけっこしたりしてるんだよ!ボールで遊んでることすらある、ポヨンポヨンって音がするんだ!百歩譲って走り回るのはしょうがないとしよう、でも、ボールなんて使う必要は絶対にない!騒がしくしてるのは大体夕方のこの時間だけだ、でももし運が悪ければ、昼過ぎに大騒ぎが始まる。もっと運が悪ければ、朝の7時から大運動会さ!
ああそうだ、光熱費の契約を君たちに変更しないといけないんだよね。ネットも変えないと───いや、俺もちょっと神経質になってるのはあるよ。でも、ロックダウンの時は本当に大変だったんだ。上の子たちもずっと家にいるし、俺もずっとリモートワークだったし。それで気が参っちゃったってのはある。でも、上の階の問題はそれだけじゃない。廊下とか地下倉庫の共用部に私物を置いてるんだ。しかもデカい私物をね。靴箱とかベッドの木枠とかだよ。え、なんでその人たちの仕業だってわかったかって?写真を撮ってやったんだ、これを見てくれ!この木枠にマッキーで書いてある文字、中国語だよね?なんだって、「おはよう」って書いてあるって?なんでベッドのフレームに「おはよう」って書く必要があるか、そんなのは謎だ。でもとにかく、これはミスター・チャンの家のものだってことだよ!だからあのインド人の仕業だってわかったんだ!そう、インドの人なんだ。パンジャーブだったかな、夕方はカレーとかビリヤニのいい匂いがする。俺はやつらのことを「あのインド人」って呼んでるんだ。そういうのって良くないけどね、でも向こうは俺のことを「あの性悪ドイツ人」って思ってるはずだよ!
インタビュー・文:OKUJI Yukiya